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注文住宅の裏ワザ

「Kさん様がどういうお暮らしを望んでいらっしゃるのかをくわしくお聞きして、それに合わせて物件をセレクトいたします」とまずいわれた。
そこで住んでいたマンションまで来てもらい、家の様子を見せて家族にも引き合わせた。そのうえで東京に一軒家を求めている理由、どんな家を望んでいるのか、住みたいと思っている地域と環境をかなり具体的に話した。
探してもらうのは、できれば土地。もしくは築十年くらいの中古住宅付の土地。
地域は川崎に移る前に私たちが住んできた東京の西部。東横線、目蒲線、池上線、井の頭線、京王線、小田急線のどこかの沿線。
ターミナル駅まで急行で三十分以内。土地は三十坪はほしい。
なぜ築十年の中古住宅としたかというと、Hさんに「不動産で価値があるのは土地でして、ウワモノは十年以上になるとタダに等しい」と教えてもらったからだ。ウワモノとは家のことだと知った。
十年たっていても、十分に住める家はあるはずだ。しかも“タダ”ならば、すごくおとくではないか。
そういうせこい考えである。家としては、リビング・ダイニング以外に四室確保したい。

家で一番長い時間をすごすのは自宅で仕事をする私。だから仕事部屋を優先的に考えたい。
仕事は“内職”の段階を超えており、仕事場にはパソコン、プリンターが置けてかなりの量の資料が収納できるスペースがほしい。日当たりなどは問わないが、静かな地域が望ましい。
また二人の子どもたちの部屋も一室ずつほしいが、これは狭くてもいっこうに差し支えない。それと寝室。
静かであれば広さは問わない。夫の部屋もあるとうれしいが、彼は自室に引きこもりたくないタイプなので、家族が集まるリビングの一隅に自分のスペースを見いだせれば満足するはず。
家族が一番長い時間をすごすのは、リビング・ダイニングにちがいない。それでも全員が顔を合わせるのは朝食のときと、週末だけ。
だから広いスペースがあるに越したことはないが、日当たりがよくなくてもかまわないし、景色が悪くてもいい。気持ちのいい朝が過ごせればそれで十分。
重視したいもう一つが周辺環境だ。駅から歩いて十分以内。
夜でも娘たち二人が安心して歩ける安全な道であること。車は持たないつもりだが、幅二メートル以上の公道に面しているとうれしいかといってあまりにも車の往来が激しいところはいやだ。
はい、はいと頷きながらメモをとっていたHさんは、私たちが望んでいることを的確にのみこみ、そういう物件だけをセレクトして紹介してきた。ときには『住宅情報』に掲載されていた物件を、「これも見たい」と私のほうから頼んで手配してもらうこともあった。

だが、やはりHさんからの紹介物件は確かだった。そうやって私は八ヵ月間にわたり、五十七軒を見た。
土地だけ、土地付の中古住宅、建売、それにマンションも見た。途中で国有地の抽選にも二回ほど参加したが、二回とも倍率が五十倍以上で、あえなくはずれた。
発見したことがある。東京ではよほどのことがないかぎり、人は家や土地を売らないということだ。
そしてまた、住んでいるところを手放すほどの「よほどのこと」とは、不幸がほとんどだ。一番多いのは相続税の支払いのためにやむなく売り出される物件だが、これはたいていミニ開発されて建築条件付で売り出されてしまう。
つぎは借金が払えなくなって売りに出される物件だ。バブルのときに高値で購入した不動産のローンが支払えなくなり、差し押さえになったもの。
どちらにしても人の不幸を待たないと家が持てないのだと知るのは、苦いものがあった。心理的に落ち着かないものがあるので、一時方針を変えてマンションを見て歩いた。
マンションのほうが、人は気軽に手放すから物件の数が多い。だが“終の住処”にできそうな物件は少なかった。

というよりもまったくなかった。広さよりも、間取りの点で私たちには向かないのだ。
マンションは一番いい部屋がリビング・ダイニングにあてられて広くとられている。そこを区切って私の仕事部屋がとれないものかと部屋を見にいくたびに思った。
“書斎”という名称で、主寝室の横に小部屋のある間取りも多く、「お仕事をなさるのなら、ここでできます」と自信たっぷりにいわれて困惑した。キッチン横の「主婦室」(なんというネーミングだろう)という「雨の日には洗濯物も干せる」スペースで仕事をしたらどうだ?といわれたこともある。
要するにマンションでは、「自宅を事務所にする主婦」もしくは「職住一致の住まい」という特殊条件に合う間取りが選択できない。そこでやはりマンションはあきらめて、一戸建てに的を絞った。
東京で土地を探すのは至難の業バブル期に建築され不良債権として売り出される物件は、四十〜五十坪ほどと、ある程度の広さのものが少なからずある。建てられている家もさすがにバブル期に建築されただけあって、「思い切って贅を凝らしました」という豪勢な家が多く、そのわりに売り急いでいるせいか価格が抑えられていて狙い目だった。
ときには「ええい、もってけ、泥棒!」といわんばかりの掘り出し物件もあり、これは売り出された数時間後に決まるといってもいいほど競争が激しかった。私もHさんから連絡をもらって飛んでいくのだが、なにせ一億以上の買い物。
夫や周囲に相談しないと決められない。どうしよう……とあたふたしているうちにもっていかれてしまったこともあった。
目蒲線沿線の駅から十二、三分歩いたところに出た土地も、相続税のために売りに出されたものだったが、もとが百坪以上あったために、一区画が四十坪弱で広い。価格的に手が出る範囲だし、周辺の環境も静かで気に入った。
駅から少し遠いけれど、それは目をつぶろう。ところがHさんがしかめ面をする。
「土地の形があまりよくないですよ。こういうの、旗竿地っていうんです。

路地を通って家に行く形ですね」「……そう。それって何か悪いんですか」「わずらわしくないですか?毎日、人の家の横を通って出入りすることになるんですよ。
路地を通って資材を運び込むのがたいへんで、家を建てるときに制限がつきます」「そうですか……」都会にはよくある土地の形である。公道からずっと細い路地を通って、奥に四角い敷地があるという地形。
東京に家を建てる以上はそれもしかたがないのではないか、と私は思ったが、いったんケチがつくとなんだか悪いところばかり見えてきて、やめた。ほかにも私道に面しているからという理由でやめたこともあったし、どうにもこうにも細長い地形で家が建てられないと設計士にいわれてあきらめたりとか、ほかの条件はOKだったが念のために午前中に行ってみたら、隣の家の日陰に入ってしまうのがわかってやめた、ということもが何回もあった。
お年寄りが維持できなくなったので手放すという物件もかなりあった。これもかなり広い土地が望める。
あるときHさんがめずらしく興奮して電話してきた。井の頭線沿線の駅から徒歩五分のところに、六十坪の土地が出たという。
家も築十年で十分に住めるとのこと。価格は予算よりも高いが、値引き交渉ができるというのですぐに見にいった。
電話をもらってから二時間後には現場に立っていたのに、すでに私たち以外に三組もお客がいる。お互いに競争意識をちらつかせながら、相手を観察する。


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